丼トニック

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二次創作同人誌のオタクが同人誌以外のオタクごとの話をする

首を巡る冒険

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執着というのは実に厄介だ。

一線を越えると、単純に「好き」だけで済んでいた気持ちにいろいろネガティブなものが混ざってどんどん重くなる。さっさと手放すのが利口だとわかっているのに、重くなるほど手放し時がわからなくなる。

何事もほどほどが肝心だが、人間どーーーーーーーーーしても諦められないこともある。

今自分がやっていることは、その一線の先か、手前か。

スマホを手に取って、3分前と同じ動作でURLをタップする。

できることなら踏み止まりたい。これ以上苦しむとその先に行ってしまう気がする。

「諦めるんじゃなくて、期待値を下げるだけ」

誰に言うともなしに呟いて、私はリロードした画面が表示されるのを待った。


これは映画「首」を早く観たくて観たくて仕方ないオタクが、初めて足を突っ込んだイベントで答えがないまま動き回り、最終的に執念と運でなんとかした冒険の記録である。

 

はじまり

 

遡ること半月前。

私はムービーウォーカーストアお問い合わせフォームから返信された一文を見つめ肩を落としていた。

 

最速試写会はムービーウォーカーストアでムビチケGOLDをご購入頂いた方にご参加頂いております。


うーん、まあそうじゃないかって薄々思ってたけどね………

 

映画にはあまり造詣の深くない私が最速試写会なんてバッキバキのイベントに参加してまで観たかった作品、「首」。

その男、凶暴につき」や「アウトレイジ」シリーズなどアウトローな男たちを描かせたら右に出る者がいない北野武監督が、私の大好きな戦国時代で本能寺の変の映画を作るというのだからもうたまらない。

さらに、なんと、20年来好きだった武将・荒木村重が物語の重要人物として活躍する。

 

2年前に原作小説の存在を教えてもらってから銀幕で観られることを心待ちにしていたが、この4月に公開が予告され、5月にはカンヌ国際映画祭で大絶賛を受け、7月には純金製のムビチケの発売も決まった。

この世にも珍しいムビチケはX(旧Twitter)でプレゼントキャンペーンが行われ、なんとありがたいことに私も当選したのだった。

 

商品ページによれば、特典として最速先行試写会にも招待してもらえるという。私はすっかり舞い上がってしまい地面から5ミリくらい浮いたような気持ちで日々を過ごしていたが、いくら待っても最速試写会の詳細メールは届かなかった。

気になってお問い合わせをした結果、先述の返信があったわけだ。


募集の時に一言言ってほしかったという気持ちもないではないが、めちゃくちゃ楽しみにしている映画の公式アカウントから刀の刺さった饅頭を差し出して満面の笑みを浮かべた信長の場面スクショ添えで

◥◣ 🏯 当たり 🏯 ◢◤

のリプライをもらう経験はいくら積んでも得られるものではない。しかも純金でできたムビチケまで届くことになっている。お金を払った人とハッシュタグをつけてツイートしただけの人との隔たりはあって当然、納得するのに十分すぎるリターンだ。


それはそれとして、問題は早く観るつもりになってしまった自分をどうなだめるかだ。

この世には確実に私より先に「首」を観る人がいる。カンヌでワールドプレミア上映された日も一日悶々と過ごしていたというのに、そんな人たちの感想を読んだら羨ましさに身を焼かれて私が第二の本能寺になってしまうかもしれない。いつかなれたらいいかもしれないが今じゃないな。


諦めるという選択肢はもちろんなかった。


東京国際映画祭

 

カンヌに国際映画祭があるように東京にも国際映画祭があることを、私は「首」の公式ツイートで知った。


東京国際映画祭は毎年10月に東京で開催される。今年で36回目を数える、新進気鋭の作品や日本で未上映の海外作品、世界の話題作の先行公開(ガラ・セレクション)など普段の映画館では見られないレアな作品が目白押しのお祭りだ。


今年はガラ・セレクション枠で「首」が上映される。

話題作の先行公開ということで人気が集まるため一般販売開始の前に先行抽選があったが、これは外れた。一般販売に賭けるしかない。


私は血眼になって一般販売の注意書きを読んだ。

映画祭指定のオンラインチケットサイトで販売されること。

10月14日に、作品のカテゴリーごとに時間をずらして販売が開始されること。


うんうんなるほど、オンラインなんだね。さて「首」は何時からだったか…

 

※ 先行抽選販売の10作品は10/14(土)の販売はございません。


え?どういうこと?

一般販売、ないの???

オンラインでの一般販売がないってこと??じゃあ会場のチケットセンターに行けば買えるの…???


わ、わからん!!!!!!

同人誌即売会と2.5舞台のチケットの取り方はわかるけど、東京国際映画祭のチケットの取り方はわからない。


でも諦めたくないな……


迷走

 

開催日初日にチケットセンターに並べば買えるかもしれない。見切り発車もいいところだが、ここで諦めたら11月23日の公開日まで首を観ることはできない。

諦めたら諦めたで悶々としながら落ち着かない日々を送ることになるだろう。だったら何かしている方がいい。東京国際映画祭が開催される10月23日までまだ20日以上ある。

とにかく情報を集めるのだ。


東京国際映画祭  チケット 待機列]で検索しても、チケットセンターに朝から並んだ人のブログやツイートはヒットしなかった。オンラインサイトがめちゃくちゃ重くてアクセスしづらいというようなツイートは見つかったが、現地に行ったわけではなさそうだ。

一口にジャンルでくくるのはいささか乱暴だが、映画ファンはそういう武勇伝を書き残さないタイプの文化なんだろうか。2次元のオタクとは違うのかな…


検索だけではどうにもならなそうだったので、次に映画に詳しそうな友人に「東京国際映画祭のチケットの待機列について聞きたいんだけど詳しい人いない?!」と片っ端から連絡した。詳しいことはわからなかったが、「とれるといいね」「行列ってだけで勝手に写真撮る奴がいるから、顔がわからない服装にした方がいいよ」などと温かく励ましてくれたことが嬉しかった。

何より、こうして友人らに働きかけたことで後に引く気はないという己の覚悟を再確認できたことでギアがもう一段上がった気がする。


様々なジャンルのオタクのブログ*1を読みあさって、待機列の作法や用意した方がいいものを調べまくった。コーヒーやお茶はあったかいものでも利尿作用があるから避けた方がいいこと。3時間以上並ぶなら折り畳み椅子があった方がいいこと。おやつには個包装でお腹に溜まりやすいビスコが最適なこと。

フォロワーさんがアメブロの#東京国際映画祭 に手がかりがあるかもしれないと教えてくれたのでこちらも片っ端から目を通したが、ついぞ待機列の話題は出てこなかった。

例年、チケットセンターは有楽町駅前広場に設置されるが大人数の待機列を作れるような広さはない。

なんか…怪しくなってきたな…


もしかして先行抽選分ですべての席が埋まっちゃったんじゃないだろうか。

それじゃあ朝から並んでも無意味かもしれない…

でもキャンセル分だって多分あるし……


半ば絶望の淵に沈みつつも、すがれる藁を探すべく何度も眺めたかわからない文字列を読み返す。

 

※ 先行抽選販売の10作品は10/14(土)の販売はございません。


んん?

もしかしてこれ、「14日の一般販売」がないだけで「15日以降はあるかもしれない」ってこと…??…?


15日以降ならオンラインで一般販売があるってこと……???


オンライン一般販売

 

誰も「そうだよ」と言ってはくれないが、そう思うことにした。


運営に問い合わせることも考えたが、チケット関連の問い合わせ窓口は手段が電話しかなく受付日時が限定されていたのでそれは諦めた。


15日は幸いなんの予定もないから、終日サイトに貼り付いていられる。リロード無間地獄なら2.5舞台の一般販売で何度か経験しているし、なんとかなるだろう。

買える確証は何もないが、買えない確証もない。まあなんとかならなくても、笑い話にはなるだろう。


10月15日0:00にオンラインチケットサイトに繋がるよう、ノートPCを開いて待機。

4時間ほど前、作品一覧に「首」が表示されるようになったから「オンライン販売」はあるらしい。ただし残席表示は「×(残席なし)」。

先行抽選のキャンセル分が果たしてどの程度あるのか想像もつかない。一桁台なら知らない間に販売開始されて、あっという間に完売という可能性もある。

1時間半ほど粘ったが残席表示は変わらず、とりあえずこの後に備えて少し寝た。


その後も7時ちょい前に起床してから1時間毎にノートPCからオンラインチケットサイトにアクセスしたが、正午を過ぎても表示は相変わらず「×」のままだった。スマホからも10分おきくらいにチェックする。

 

昨晩からの緊張と疲労もあり、始まりも終わりも見えない戦いにちょっと心が折れかけてきた。

絶対観られるわけじゃないのに何やってるんだろ。もしかしたら私の知らないうちに完売してるかもしれないのに。

でも世界のキタノにデカデカとフィーチャーされた荒木村重を、燃える本能寺を、人より早く観たい。先に観た誰かの感想で千々に心乱れるなんて、絶対にいやだ。だって私は20年前から好きだったんだもん。


あーだめだ、これはこれ以上やると「楽しい」じゃ済まなくなるやつ。

そうだ、この際私が何をどれだけ好きだったかは二の次だ。これから「首」と前向きな関係性を築きたいなら、ここで踏みとどまるのがたぶん正解。

だから「諦めるんじゃなくて、期待値を下げるだけ」


残席:△

 

リロードが終わって表示された画面に見慣れない記号を認めて、思わず手が震える。

え?

△ってことは、残席が、ある!!!!!!!


やばいやばいやばい。スマホはPCより回線が弱いが今からPCに繋ぎ直してもその間に埋まっちゃうかもしれない。もうこのままいくしかない。

1回の誤タップ修正ももどかしい。暗記してるはずのクレカの番号も本当にこれでいいか心配になる。選んだ座席が他の人と被ったら決済失敗になるかも。キョーーーーー。


決済完了メールが届くまで呼吸も忘れていたかもしれない。

うそぉ、とれた………


「首」とれた!!!!!!


半ば放心していたところに、己を鼓舞するために流していた「ミュージカルテニスの王子様2ndシーズン 青学vs氷帝(関東大会)」のメインテーマ"Get the Victory"が聴こえてきて、私はそっと泣いた。

その後4時間ほどで「首」の残席はまた「×」に変わった。あまりちゃんと覚えていないが、はじめに気づいてアクセスしたときは劇場全体のキャパに対してまだ1/5くらいの空席があったような気がする。


それから

 

とにかく毎日の手洗いうがいを欠かさず、睡眠もしっかりとって体調管理に努めた。ここで何かあったら悔やんでも悔やみきれない。


万全の状態で訪れた有楽町は、平日にもかかわらずお祭りムードに包まれていた。

 

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東京ミッドタウン日比谷のアトリウムにズラリと並ぶ上映作品のポスター

 

東京ミッドタウン日比谷前の広場には大きなスクリーンが設置され、誰でも無料で観られる形で名作映画が上映されている。観客で賑わう広場の隣のゴジラのオブジェも今日はなんだかいつもより誇らしげだ。

こういう景色も「首」を観た後には全然違った見え方をするようになるのかもしれない。ちょっと感傷的な気分に浸りながらTOHOシネマズ日比谷スクリーン12の入場待ちの長い列に並ぶ。すごいなー、この人たちがみんな荒木村重の名前を知って帰るんだ。

席について広い劇場を見回しながらとりとめもないことを考えているうちに、場内が暗くなった。

 

めくるめく131分だった。

 

劇場を出た私は、チケットをとるために悶え、あがき、苦しんだ半月を補って余りある充実感に包まれていた。

人通りが少ないのをいいことに、思わずスキップしたくらいハッピーだった。

公開前だから詳しい感想は控えるが、とにかく無駄がなくテンポがいい。漫画で例えるなら勢いのある四コマ漫画を読み進めていたら一本のストーリーができていたような印象を受けた。

人物間の粘ついた巨大感情を期待していたが、そこはいい意味で裏切られた。行動の裏にある葛藤や感情を掘り下げなくても関係性は描けるのだ。それでもドキドキハラハラするような展開もあり、プロの整頓術やピタゴラ装置を見せられるような快感に痺れていたら本能寺が燃えて、山崎の戦いの決着がついていた。

村重のジョーカー的な立ち回りも、今回デカデカとフィーチャーされただけのことはあると恵比寿顔で膝を打った。

タイトルどおりのゴア描写も少なくない(R15指定)ので苦手な方にはお勧めしづらいが、間違いなく空前絶後の戦国大作「」は11月23日公開!!!!

 


Never Miss it!!!!!

*1:中でも某アイドルソシャゲ界隈のライブ物販は頭ひとつ抜けて過酷らしく、待機列で生まれた数々のドラマはどれも大変読み応えがあった